言葉は質量をもたず空気のように軽くて速い存在に見えますが、日常的に飛び交う文字列や音の背後に、おどろくほど厚い時間と意味を隠しもっています。私たちが生きる時代のなかで通じる最大公約数の意味で、意思疎通のためだけに言葉を用いることは、自動運転の乗り物を借りて目的地へまっすぐ行こうとするようなことかもしれません。目的のための情報伝達が必要なときにはとても便利なものです。そのうえで、言葉の意味だけではなくその生まれた経緯――「語源」を自分のなかに取り込んでひとたび「腑に落とす」ことができれば、その言葉はもはや借り物ではなくなり、自分の身体の一部のように動かせるようになるでしょう。それは、自分の足で別の場所に向かったり、寄り道をしたり、目的地を途中で変えたりすることができるようになるということです。言葉の語源にふれる方法を、「把握」という語の探索を例に掘り下げてみます。
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国語辞典で現在の意味を知る
「把握」は日本語ですから、まずは日本語の国語辞典でひいてみます。すると、
①手で握ること。しっかりつかむこと。
②よく理解すること。
という2つの意味がわかります。これだけでも、「手で握る」という身体的な意味と、「頭で理解する」という精神的な意味がどちらもあることに改めて気づくことができます。和英辞典もひいてみると、“understand, grasp, catch”という語が見つかります。このなかの “grasp”の項目を英和辞典で見てみると、「握る」「理解する」という2つの意味が示されています。どうやら英語の“grasp”も、日本語の「把握する」と同じような使われ方をしているようです。これは面白くなってきました。
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語源辞典をひく
それでは、さらに“grasp”という言葉の語源について調べてみましょう。辞典のなかには言葉の語源の説明に特化した、「語源辞典」というものがあります。たとえば、「 Online Etymology Dictionary」はオンラインで利用できる英語語源辞典です。これによると、“grasp”は14世紀中頃から使われていた語で、“to reach, grope, feel around,”(手を伸ばす、手探りする、周囲を感じる)という意味を持ち、「手で掴む」という意味での使用はそのあとの16世紀中頃から徐々に増えてきたようです。
現在の「掴む」「理解する」のようにはっきりした手応えをイメージする意味に比べると、 “grasp”は、もともとはより漠然とした、うろうろと手探りしながら周りを感じ取るような行為を指していたということがわかります。
こんなアイデアも!
今回は英語の語源を参照しましたが、日本語の言葉の語源をより詳しく調べるなら、『日本語源大辞典』(小学館)、地名なら『民俗地名語彙事典』 (筑摩書房)もおすすめです。これらは民俗学研究者も使う、信頼できる辞典です。特に『民俗地名語彙事典』は文庫本サイズですから、小さいバッグやポケットに入れて、看板や標識で目に入った地名の語源をすぐに調べることができます。野や街に出てうろつきながら言葉を“grasp”するにはうってつけではないでしょうか。
ところで『日本語源大辞典』と『民俗地名語彙事典』……、どうして「辞典」と「事典」、別の漢字があてがわれているのでしょうか。こんなふうに調べながら別の言葉が気になったらさっそく調べてみましょう。当初の目的から離れた場所にたどり着いても構いません。寄り道は、言葉を腑に落としたあとに身につく力というだけではなく、腑に落とすための過程でもあります。
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実際に●●してみる
文献で調べた後は、実際に気になっている言葉がもっている意味――行為や実物にふれてみましょう。“grasp”であれば、夕食の下準備のときに生肉を“grasp”してみたり、目を瞑って友人と“grasp”し合ったり。そんな実践が言葉の解像度を上げ、ひょんなことから腑に落ちるきっかけをつくることがあります。